ベースアップ評価料による賃上げの難しさ
実は…ベースアップ評価料について賛成と答えている開業医(経営者)は52.5%に留まっています。
なぜこのような状況になり、賃上げが難しいかと言いますと、ベースアップ評価料の要件と、その他、影響が避けられなさそうな診療報酬のバランスが悪いからです。
以下に詳しく解説します。
ベースアップ評価料の要件
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001224801.pdf
ベースアップ評価料の取得要件は上記の図のとおりであり、上記の「外来・在宅ベースアップ評価料」以外の「入院ベースアップ評価料」や「訪問看護ベースアップ評価料」においても、ほとんど似たような要件が示されています。
ベースアップ評価料による経営リスク
当然ながら、ベースアップ評価料は、従業員のベースアップに用いなければなりません。それによって確実に人件費が上がります。
算定要件として次のような文言が記載されています。
- 当該評価料(ベースアップ評価料)を算定する場合は、令和6年度及び令和7年度において対象職員の賃金(役員報酬を除く)の改善(定期昇給によるものを除く。)を実施しなければならない。
- いずれの場合においても、賃金の改善を対象とする項目を特定して行うこと。なお、当該評価料によって賃金の改善を実施する項目以外の賃金項目(業績等に応じて変動するものを除く。)の水準を低下させてはならない。
- 「賃金改善計画書」及び「賃金改善実績報告書」を作成し、定期的に地方厚生(支)局長に報告すること。
ということで、ベースアップ評価料を算定した場合、必ず従業員の給料を上げなければならず、事務員の負担は増大します。
また、対象者の中に事務は含まれておらず、これもまた職員間の分断を生みそうな算定要件となっています。
ベースアップ評価料を用いない賃上げであれば、必ずしもベアでなくても良い訳ですが、ベースアップ評価料を用いてしまうことによって人件費というランニングコストが増大し、収入低下時等に支出をコントロールしにくくなってしまうデメリットを経営者は負います。
このあたりが、算定を躊躇する要因と考えられるでしょう。
h2.令和6年度診療報酬改定における「賃上げ」に影響しそうなポイント
さまざまな改訂が行われましたが、令和6年度の診療報酬改訂で「賃上げ」に影響しそうな部分を解説します。
初・再診料の引き上げ
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238898.pdf
初診料が3点、再診料が2点、それぞれ引き上げとなりました。細かな部分は図を参照。
患者が受診する度、30円か20円、病院の収益アップにつながる見直しです。(効果はいかほどか)
なんにせよ、特に作業が増えるわけではなく、収益アップにつながるので、賃上げに効果的な見直しになっているのではないでしょうか。
また、初・再診料が引き上げられた理由として「職員の賃上げを実施」と記載されています。
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)(Ⅱ)の新設
「外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)(Ⅱ)」の新設は、外来または在宅医療を提供する医療機関で、看護師など医療従事者の賃金改善を行っている場合に評価するためです。これは、医療従事者の報酬を向上させ、より良い医療サービスの提供を促すための措置の一環として導入されました。
上記ですでに解説しましたが、「外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)」が新設。初診時に6点、再診時に2点、訪問診療時の同一建物居住者以外の場合は28点、同一建物居住者の場合は7点もらえます。
賃上げが十分ではない無床診療所への救済措置として、「外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅱ)」が新設。初診又は訪問診療を行った場合は8点、再診時は1点。同点数は8段階に区分されており、最大で初診又は訪問診療を行った場合は64点、再診時は8点もらえます。
医療DX 推進体制整備加算の新設
医療DX推進体制整備加算は、医療機関と保険薬局がデジタル技術を活用し、質の高い医療サービスを提供する体制を整えた場合に算定できる診療報酬加算項目です。
条件を満たし、地方厚生局などに届け出が必要です。
初診時、月に1度だけ8点を算定できます。
この加算は、オンライン資格確認システムをはじめとする医療DX技術の導入・活用に関する様々な要件を満たす必要があります。
主な要件は次のとおりです。
- オンライン資格確認を行う体制
- 電子処方箋の発行体制
- 電子カルテ情報共有サービスの利用体制
- マイナンバーカードの健康保険証利用実績
- 医療DX推進の取り組みに関する情報の院内掲示及びウェブサイトへの掲載
保険薬局における要件には、電子資格確認を利用した診療・薬剤情報の閲覧・活用体制、電子処方箋に基づく調剤体制、電磁的記録による薬剤服用歴の管理体制などが含まれます。
加算の算定には経過措置が設けられており、特定の要件については令和7年までに準備が整うことが見込まれています。また、この加算を通じて、マイナンバーカードの健康保険証利用促進や電子カルテ情報共有サービスの導入など、医療DX推進に向けた取り組みが促されています
参考
〖2024年改定解説〗新設項目 医療DX推進体制整備加算について解説!2024年診療報酬改定情報 | 船井総合研究所(船井総研)運営のクリニック経営.com
診療報酬改定2024|医療 DX 推進体制整備加算の新設について解説! | 〖施設基準管理士〗カジハヤトです
〖2024新設〗医療DX推進体制整備加算とは | ikpdi.com
精神医療
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238907.pdf
「通院・在宅精神療法」について、質の高い精神医療の提供を推進するために、60分以上の精神保健指定医による場合を560点から600点に引き上げられました。その他、精神療法を長く行う場合の点数が引き上げられています。
令和6年度の診療報酬改定において、精神医療分野は重点的分野とされており、新しい加算が数多く作られました。(精神科地域包括ケア病棟入院料など)
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238907.pdf
在医総管の見直し
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf
在宅時医学総合管理料については、令和6年度の改訂案で15点ほど引き下げられました。また、単一建物診療患者の数によって報酬が細分化され、状況によって獲得できる単位が引き下げられました。
しかし「在宅医療情報連携加算」が加算として新設されました。単位は100点です。要件としてICTの活用が必要になります。
その他も多くの加算が生まれ、単位が上がった部分は「初回訪問」であったり「月14回までの訪問」であったりします。
どうやら、ICTを活用して、頻繁な訪問を避け、加算を取得した場合に報酬アップが望めるような仕組みになっているようです。
単位引き下げについてはそこまで大きなものはみられていない印象です。
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf
https://gemmed.ghc-j.com/?p=59440
https://www.pt-ot-st.net/pdf/2024/kobetu/2-8-9.pdf
処方箋料等の見直し
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001165846.pdf
図のような特例措置が令和5年度にされていましたが、令和6年度の診療報酬改定によって、これがさらに強化されています。
詳しくは、武田テバさんの以下の記事を参照
https://www.med.takeda-teva.com/di-net/takedateva/pickup/pickup73.pdf
後発医薬品関連の項目の単位が引き上げられ、紙ベースよりも電子機器を活用した加算の単位が引き上げられているようです。
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238903.pdf
令和6年度診療報酬改定における賃上げに「悪影響」を及ぼしそうなポイント
令和6年度の診療報酬改定の全てが賃上げに前向きになれるような内容ではありません。
以下に、賃上げするに際して躊躇してしまうと予想される「悪影響」を与えそうな改定ポイントを解説します。
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)(Ⅱ)の新設
そもそも、なぜ「ベースアップ評価料」が新設されたのかを考えると「対象者の賃金が低いから」です。(高めの職種も含まれていますが…)
厚生労働省は、賃金の低い医療従事者の賃上げのために、令和6年度診療報酬改定で次の更新まで(2年間)のベースアップを約束する評価料を新設しました。
対象となる医療従事者にとっては嬉しい話なのですが、ベースアップ評価料には算定要件があり、法人によっては算定しない可能性もあります。
開業医のベースアップ評価料の賛成率は50%程度というデータもありますから、算定率はどれほどか、注視するべきところです。
さらに注意するべきことは、ベースアップ評価料で明記された賃上げはおおよそ2年間だけということです。
その先はどうなるのか…。不明です。
医療DX 推進体制整備加算の新設、情報通信機器を用いた診療
基本的には、従来の医療情報・システム基盤整備体制充実加算が引き下げられ、電子カルテなどでのオンラインを活用したシステムを取り入れていると、新設した加算が取れる形になっています。
加算という面では、収益がプラスになるかもしれませんが、デバイスや電子カルテソフト等の導入コストがかかります。
導入コストによっては、支出の方が大きくなる可能性は十分に考えられるでしょう。
参考:https://www.credo-m.co.jp/column/detail/hosyu/15925/
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001219984.pdf
生活習慣病管理料の見直しと特定疾患の生活習慣病の除外
一見、単位数だけみれば収益アップにつながりそうな見直しに見えますが「高血圧症」「糖尿病」「脂質異常症」という名目で特定疾患管理料が取得できなくなる改正であり、細かな部分で収益低下につながるところもあるでしょう。
その代わり、それら3つの疾患は「生活習慣病管理料(Ⅱ)」として加算の算定が可能となります。
しかし、もともと特定疾患療養管理料を取得する際には「外来管理加算」と「特定疾患処方管理加算2」を取ることができました。これらの合計が333点。
それと同等の金額333点が「生活習慣病管理料(Ⅱ)」で取得できます。
ただし、特定疾患管理料のときは月2回算定可能でしたが、「生活習慣病管理料(Ⅱ)」は月1回算定可能となりましたので、影響が少ないところもあるでしょう。
また、そもそも特定疾患処方管理加算2が令和6年度改訂で10点引き下げられましたので、今回の特定疾患管理料の改訂によって収益を伸ばすことはできなさそうだと理解できます。
参考:
https://www.credo-m.co.jp/column/detail/hosyu/15894
https://www.credo-m.co.jp/column/detail/hosyu/15679
https://sp.m3.com/news/open/iryoishin/1192937
短期滞在手術等基本料1の見直し
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001221678.pdf
令和6年度の改正以前は、麻酔の有無によって200点程度の差がつくだけでした。
しかし、令和6年度以降は、入院するかしないかで点数が大幅に変わります。
入院しない手術の場合、獲得できる単位数がほぼ半減してしまいます。
ここについては、入院しても単位数の引き上げは無い訳ですから、収益アップは期待できません。
収益ダウンが予想されます。
精神医療
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238907.pdf
「通院・在宅精神療法」について、質の高い精神医療の提供を推進するために、30分未満の精神保健指定医による場合を330点から315点に引き下げています。
短時間の精神療法について引き下げが行われましたが、その他、特に目立った単位の引き下げはみられていません。
在医総管・施設総管の見直し
引用:https://www.pt-ot-st.net/pdf/2024/kobetu/2-8-9.pdf
在宅時医学総合管理料と施設入居時等医学総合管理料において、令和6年度の改正でキレイに15点程度引き下げられています。
また、単一建物診療患者の数によって報酬が細分化され、状況に応じて獲得できる単位が引き下げられます。
さらに、直近3ヶ月の訪問診療の算定回数が2100回を超えている場合も獲得できる単位が引き下げられます。
引用:https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf
図を見て分かるとおり、2回目以降訪問した場合には、頻回訪問加算の点数が下がります。
また、在宅患者訪問診療料も頻回に訪問している場合、加算で取得できる単位数が半減します。
参考:https://www.pt-ot-st.net/pdf/2024/kobetu/2-8-9.pdf
処方箋料等の見直し
処方箋料
- 「3種類以上の抗不安薬」等:28点 → 20点
- 7種類以上内服薬等:40点 → 32点
- 1.2以外:68点 → 60点
引用:https://www.kyoto.med.or.jp/info/archives/5147
調剤基本料は引き上げられましたが、処方箋料は引き下げられました。
つまり、医療機関で取得できる単位数は処方箋に関しては低下します。
参考:
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238903.pdf
経営者はどう考えている?
高橋日歯会長は、「財源の厳しい中で一定の評価ができる改定であったと考えている」と述べ、歯科衛生士や歯科技工士などの賃上げに取り組んでいくと表明。今後も国民のための良質な歯科医療を切れ目なく円滑に提供できるよう、丁寧に対応していく方針を示した。
引用:https://sp.m3.com/news/open/iryoishin/1193065
とのことで、確かに初再診料など基本診療料の引き上げやベースアップ評価料が新設されましたが、当然ながら本記事で解説してきたように引き下げられた報酬も多々ある状況です。
実際、今回の報酬改定の注目点であるベースアップ評価料について賛成と答えている開業医(経営者)は52.5%に留まっているため、医師会長等の意見が大多数の開業医の意見とは判断できないでしょう。
リアルな意見では以下のような意見も書かれています。
https://www.shizuoka-hk.org/about_00145.html
https://www.hoken-i.co.jp/outline/h/202444.html
ベースアップ評価料の懸念点は、賃金計算の複雑さとベアによるランニングコストの増大。政府への不信感(ベースアップ評価料の加算を数年後に無くす可能性)が挙げられるでしょう。
前向きな意見はあるとはいえど、あまり細かな指摘は無い印象。
後ろ向きな意見は具体的であり、以下のような懸念と希望があります。
- 対象者が指定されることによる職員間の分断
- ベースアップ評価料がいつまで持続するか分からないことによる経営リスク
- 事務的負担の増大
- できれば加算ではなく基本的な診療報酬の引き上げで対応してほしい
従業員がベースアップ評価料等の恩恵を受けられる可能性は?
一口に言ってしまえば、経営者次第ですが、まず開業医の50%程度しかベースアップ評価料に前向きではないことから、ベースアップ評価料による賃上げ期待感は高いとは言えないのではないでしょうか。
基本的に経営者目線からすれば、ベースアップをガンガン行うのは、かなりの重荷です。
なぜなら、従業員の基本給などのベースになる賃金を上げた場合、引き下げることができないからです。(ものすごく厳しい条件をこなせば下げられますが…)
人件費というのは経営上、コストがかかり続けるものであり、いわゆるランニングコストです。
ランニングコストを増大させていくのは、経営が傾く可能性があることから、簡単には決められません。
特に、今回のように複雑な「加算」要件での収入アップ見込み、さらにはベアをしなければならないという条件がある場合、もしも利益が減少し、経営状態が悪化した場合でもランニングコストを支払い続けなければならない状況に陥ります。
さらには、令和6年度に設定されたベースアップ評価料という収入源が、令和8年以降も続くという保証がありません。
もし、令和6年度から職員のベースアップをベースアップ評価料によって行い、ランニングコストが増大した後、令和8年度にベースアップ評価料が無くなってしまったとしたら?
単にランニングコストだけが増加した状態で運営を続けなければならなくなります。人件費は下げられませんから、コストの舵取りが難しくなるのです。
さらに、ベースアップ評価料による賃上げを行う場合、人件費計算が非常に複雑化してしまいます。
当然ながら、そこに事務的なコストがかかるため、かえって経費がかかる可能性も考えられるのです。
本来、賃上げの期待感を高めるのは、このような複雑な加算によるものではなく、シンプルに基本診療報酬の引き上げでしょう。
今回の初診・再診料の引き上げ額は20〜30円であり、1日に100人患者を診ても2000〜3000円程度の収益にしかなりません。このあたり、他の減算が目立つ要因になります。
であれば、ベースアップ評価料を算定せずに賃金を含む全体の収支コントロールを考えた方が良いのでは?と思うのは自然な流れです。
まとめ
今回の診療報酬改定は、賃上げに非常に効果的であるとは言えない内容だと言えるのではないでしょうか…。
そもそも、中医協・医療経済実態調査では、診療所の4分の1が赤字経営。半数近くが経営悪化しているとされています。(令和5年度調査)
2021年のデータによると、日本の病院の約66.2%が赤字であり、この割合は過去10年間で最も高いものでした。主な原因は、COVID-19パンデミックによる過度の財政的圧力と収入の減少だったため、そのあたりの影響の大きさは否定できませんが…。
ベースアップ評価料によって、従業員のベアを行った後、診療報酬のマイナス改定や加算の廃止で収支コントロール困難。経営難に・・・。なんて流れが最も恐ろしいですね。
よって、ベースアップによってランニングコストコストを増大させてまで賃上げに取り組める環境が整っているのかと考えると、不安が残ります。
そもそも、国がここまで賃金に手を出すのが良い手法なのでしょうか?疑問です。
今回の診療報酬改定において、プラス改定の多かった領域であれば、賃上げに前向きな空気感が生まれるかもしれません。
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001173710.pdf
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai/chinnagesokushinzeisei2024.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/10200000/001210984.pdf
https://note.com/dentpepper/n/n97f122e94757
https://sp.m3.com/news/open/iryoishin/1193216
https://sp.m3.com/news/open/iryoishin/1194208
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001238898.pdf
https://www.kyoto.med.or.jp/info/archives/5147
https://www.med.takeda-teva.com/di-net/takedateva/pickup/pickup73.pdf
https://www.hokeni.org/docs/2024010900011
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001165846.pdf